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2007年11月4日 - 2007年11月10日

2007年11月 9日 (金)

解体業・・・何の?

ギガジンの記事に、先日取り上げていたイルカ漁の記事の中で牛や豚の屠殺場の実態について少し触れましたが、タイムリーにもギガジンのヘッドラインニュース(http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20071108_headline/)にそこで働いた経験のある人たちの体験がつづられた掲示板ブログが紹介されていたので取り上げます。

日給2万だったけど1日で辞めた。

http://afoafodayo.blog84.fc2.com/blog-entry-380.html

というもので、題名通り、日給二万円もらっても耐えられなかったという書き込みから始まるこのスレッドでは実際に豚や牛の屠殺場で働いたことがあると思われる人たちの書き込みと、人間の肉食に関するやりとりが行われていて興味深い。

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/06(火) 21:22:09.52 (p)ID:3buhYveB0(7)
>>14
マジ。
俺の勤めてたトコは牛が一頭、通り抜けられるくらいのゲートがあって
トラックで運ばれた牛がそこをくぐると足下に水が張ってて
牛がやってくると電流を流して死なせるの。
で、トラックにいる間モーモー鳴きわめいてたのが
ゲートをくぐって水の上に立つと鳴き止んで泣くんだよ。
「ごめんなさい」と思いながら5人でボタンを一斉に押して電流を流すんだけど
やっぱ最初は悲しくて肉食えなかった…

このような実際に牛を殺す場面を描かれると、どうしてもそれまでおいしい切身の状態だけをイメージして食べていた牛肉が食べにくいような気がしてきます。このあたりが、イルカ漁の記事でも書いたように屠殺現場や、人間が理解できるような知恵を持っている動物を食べることへの抵抗感の根源にあるものだろうと思う。

ただ以下のような日本語の「いただきます」という言葉は

51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/06(火) 21:41:08.72 ID:X26G2jUX0
>>47
食べ物って言うけどものを食べてるんじゃない、命を食べているんだ
だから(命を)いただきます、っていうんだよ

俺はこう教わった

この解説は私も聞いたことがあるが、とても説得力のあるものだと思う。肉食がほかの生命を殺すことで成り立っていることを自覚して生きてるんだってことがわかる人間になりたい。それにしても、日本人は魚をお造りにしたりしたものは全然抵抗なく食べられるんだから、動物の肉を食べることに日本人はそれほど抵抗感は持っていなかったかもしれない。何しろ、生けすからぴちぴちの魚を取り出して、活き造りにするのがぜいたくな食べ方だと思われてるんですから・・・。

少なくとも食文化に関して、日本はほかの国と違う独特な世界観があると思うので、クジラ食やイルカ食だけでなく「(命を)いただきます」という言葉を食事のはじめに言う習慣も世界に発信していくことで、世界の人に日本の文化を理解してもらいたいですね。欧米でも寿司など、生魚をごはんで食べる食文化は特に近年急速に広まっているようですので、楽観的に考えるともうそろそろ欧米の方から「クジラのカルパッチョうまいじゃん」とか「イルカの煮込みもイケるよ」とかいう評価が出てきてくれないかな(笑)と希望的観測を述べてみる。(醤油も一度記事で取り上げたが米国進出50周年を迎えている。)

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2007年11月 7日 (水)

まさにリテラシーですね

昨日紹介した、宋文洲氏のコラムにも書いてあったことと関連するメディアリテラシーの向上の取り組みとも言えそうな例が、これも以前紹介した「大学プロデューサーズ・ノート」でわかりやすく取り上げられていたので、今回の記事のネタにします。

ニュースクリップ[-11/4]「企業の研究開発費、研究開発者とも増加の見通し」ほか

http://www.unipro-note.net/archives/50379018.html

ブログの管理者であるマイスター氏は毎週日曜日に高等教育関連のニュースクリップを紹介してくださっているのですが(毎回とても役に立っています)、その紹介の仕方が今回はとてもユニークでした。どこがユニークかというと、文部科学省が発表した「民間企業の研究活動に関する調査報告(平成18年度)」という報告から、全く方向性が異なる二つの記事が執筆され、公開されているという事実を紹介されています。

この報告では、企業の研究開発に関するアンケートの一環として、大学を卒業した学生の人材としての期待度と実際の能力について質問しているのですが、当然文部科学省はアンケートの集計結果だけを公開しているのですが、そこから高等教育機関における研究者育成は民間企業からどのような評価を受けているかという解説の段階になると、価値判断の問題だということが明らかになります。アンケート調査のような客観的なパーセントなどの数字で表される問題であっても、どこに注目して解説をするかによって、読者に与える印象は全く異なってくるからです。あえて類型的に考えるなら読売の記事が一般的な評価、サイエンスポータルの記事がやや政府よりな「公式見解」という感じでしょうか。なにしろサイエンスポータルは、JST(科学技術振興機構)という独立行政法人が運営しているサイトですし。

詳しい記事の内容は、リンク先から見られますのでよく読んでみてください。ただ、全く方向性の違う両者も同じこと言っている部分があります。それは企業に就職した学生が期待を上回った働きをした割合は非常に低く、何と1~2.5パーセント程度しかいないということについてです。こればっかりは、ほかの数字に比べて圧倒的に小さいので、双方の記事で企業に就職した研究者が期待を上回る成果を研究者として挙げる例は非常に稀なことがわかります。

おそらく、通常の就職をした大学生の調査であれば期待以上の実績を上げる学生は少なくとも数パーセントなどというレベルではない気がします。大学院強化という方針のもとに文部科学省は博士課程の定員増加を積極的に支持してきましたが、中身についてはすべて各大学に任せきりにしたことで結果的には質の低下を招いている気もします。まあ誰かを批判しても始まりませんが、少なくとも民間企業の研究担当の方たちからは、大学卒業(修了)したての人材に過剰な期待はできないという目で見られてしまっているということは、大学人である私たちは自覚しなくてはならないでしょう。

関係ない蛇足ですが

以前取り上げた荒木先生の講演の記事で、実際に講演の様子がさまざまなブログで取り上げられています。青学はそんなに離れてないんだから、頑張って聴きに行けばよかったかもと今更ながら思っております。ギガジンの記事のリンク先から東北大での講演の様子も分かりますので、気になる方はどうぞ。

荒木飛呂彦先生講演『損をしない漫画を描くための地図』&イベントレポートリンク集

http://atmarkjojo.org/archives/2007/2007-11-06-001503.html

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2007年11月 6日 (火)

相次ぐ食品偽装について

何度かご紹介しているように、私は結構日経新聞関連のウェブサイトをよく閲覧しているのですが、その中でも毎回素晴らしい内容のコラムを執筆されている経営者の方がいます。

宋 文洲さんという方で、ソフトブレーンという会社を創業し、2006年までは会長として経営されていましたが現在は一線を退いて執筆などの活動をされています。この方はご自身のブログも持っていてそこも大変に素晴らしい内容がたくさんありますが、日経にもいくつか連載を持っていました。持っていましたというのは、現在週に一度などの定期連載ではなく不定期連載しか持っていないためです。

今回は宋氏のコラムが、先日書いた食品偽装問題の記事に関連した内容だったので取り上げてみることにしました。

偽装が一斉に発覚する謎を解く(IT+PLUSのコラム)

http://it.nikkei.co.jp/business/column/sou_tanto.aspx?n=MMITzv000005112007

これまで私たちが心配していた食品の賞味期限やブランドの偽装が事実として日本全国で行われていたことが次々と明らかになってきています。白い恋人、比内地鶏、赤福や吉兆などという多くの人に知られた有名料亭でもそのような偽装がおこなわれることを予見できなかったということは、私たちに大きな衝撃を与えています。記事の中で指摘されているようにこれからは密告による問題の発覚がさらに続くように思います。ゼネコンの談合事件も率先して密告する企業が続出したことで予想以上の成果を上げているようですが、今後の日本はこういった一部の人だけが利益を得る不正はきっと告発されるようになっていくのでしょうね。

そして、宋氏のコラムの真骨頂ともいえる部分が記事の後半にあるマスコミ批判というよりも、受け手である一般視聴者のリテラシー(情報の読み解き能力)が向上することを訴えている部分です。

経営者は株主や社員や税金のために利益を出さなくてはなりません。そのために「顧客至上主義」を標榜してきました。違法性がなければ、買ってもらえるあらゆる努力を行うのは経営の基本となっています。

 マスコミが視聴率を最重視することは誰も批判できないことです。彼らが統計的にもっとも見られる番組を作るのは当然なことです。視聴率を支えているのはマスコミではなくわれわれ一般人です。

 そもそもマスコミにそれ以上のことを期待しないほうが良いと思います。マスコミに勤める人々はわれわれとまったく同じように欲望も正義感も持ち合わせた普通の人々です。彼らの中にも偽装を行う人がいるのです。納豆にダイエット効果があるとした「データ捏造」はその典型事例です。

私たちはいつも反省を口にするのですが、テレビや新聞が一斉にある問題(今回なら食品偽装)について取り上げると、その問題について否定的な考えをしがちになってしまいます。テレビなどのマスコミはそれを敏感に感じ取って、視聴率獲得のためには、多様な見方や、問題をさらに深く掘り下げるよりも、目先の視聴者の視聴率が稼げそうな問題を見つけて叩いたり、時には持ち上げることに熱心になっているのです。

テレビ番組も所詮はお金儲けの道具に過ぎないし、そこで働いている人も私たち視聴者となんの変りもない人間なのだから、当然テレビの質が私たちが理想とするような素晴らしい情報提供をしてくれるわけがないという冷静すぎる分析には思わずうなってしまいます。このあたり、やはり中国から留学生として日本に渡ってきたというどこか異邦人としての感性と、中国人の方の持つ合理性が、うまい具合に組み合わさってこのようなコラムを書かせるのかなと思います。大学時代、マスコミの役割について多少研究しましたが、氏の言うようなリテラシーを視聴者が持つようにならない限り、テレビ報道の多様性が生まれてこないような気がします。

私は実はあまり人を露骨に褒めたり、評価できない人間ですが(笑)彼のブログにあったこの記事を読んで、ますます宋氏に尊敬の念を抱きました。

批判されるのも批判精神

http://www.soubunshu.com/article/53242401.html

ここに書かれているとおり、私も人の非難を素直に受け入れて、自分を成長させることができていないと思います。むしろ、この記事で書かれている「自分を常に正当化しておきながら他人を批判する人生は歪な人生になるのです」という文章が本当に身に沁みました。まさにわが身を振り返って反省するべきことが山ほどあります。皆さんも宋氏の切れ味鋭い文章に触れてみてはいかがでしょうか?

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ありそうでなかった発想

ギガジンの11月5日のヘッドラインニュース(http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20071105_headline/)から興味を惹かれるものがいくつかあったので、それを取り上げることにします。

省エネコンビニ――商品棚に縦型照明で店舗明るく (

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0711/05/news039.html

夜中でも煌々と辺りを照らすコンビニの蛍光灯の光。街路灯の代わりや、コンビニがあることの目印としては非常に優れていますが、ほとんど客も来ない深夜の場合は特に電力の無駄遣いといえます。ただ、お客さんは暗いお店には入りづらさを感じるのもマーケティングの常識。明るく清潔感を保ちつつ照明の明るさを落とす方法がなかなか見つからないからこそ、どこのコンビニも反射板付きの蛍光灯をぎっしりと天井に並べていたわけです。

ところがこのフジサンケイビジネスアイの記事をもとにした「Business Media 誠」の記事では専門学校町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー)の学生が提案した縦型照明による未来型コンビニ向け照明装置が紹介されています。インテリアコーディネーターを養成する専門学校なんてものもすでにあるんだなあとちょっと時代遅れ風の感想も持ちましたが、陳列棚(什器)の両脇に縦型の蛍光灯を配置しそこから透明な棚で全体に光を透過させるというのは素晴らしいアイデアだと思いました。

また、人は目線近くの位置が明るいとその空間全体を明るいと認識するようで、そういった心理的な方面からもアプローチすることで未来のコンビニ照明のあり方を提案するというのは省エネの見地から見ても、また私は詳しくありませんが店舗デザインの自由度の拡大といった要素からも望ましいものと言える出しょう。

また、記事内の店舗写真を見ればわかりますが、店内の雰囲気がコンビニとは思えないくらい落ち着いています。キャプションにもある通り、間接照明の効果なのでしょう、蛍光灯で直接照らされた強烈なほどの存在感ある光ではなく、そこにぼんやりとたたずんでいるような照明は、きっとこれからのコンビニの店舗イメージそのものを変えていくことにもなると思います。ただ省エネということだけでなく、デザインと一体化した照明の工夫をすることによって、現在は全国チェーンでどのお店の作りも似たり寄ったりコンビニですがこういった優れた提案がされていくことで、地方の実情やその街並みに合わせてより個性的に変化していくことになるのでしょう。

あと、もう一つasahi.comの記事も気になりました(実はこれは朝日新聞を読んで気になったというのが正しいですが、さすがギガジンでも取り上げられていて、感心しました)

セブン銀行、進化は続く コンビニATM好調

http://www.asahi.com/business/topics/TKY200711050018.html

新聞記事のリンクは消えてしまうかもしれないので概要を抜粋しておきます。

コンビニATM(現金自動出入機)を主力にするセブン銀行が、創業7年目を迎えました。9月にはセブン―イレブンの全店にATMを置き終え、ほとんどの銀行のキャッシュカードが使えるようになっています。業績は右肩上がりですが、ゴールではありません。(中略)

ATMの利用1回ごとに、約170円の「売り上げ」が入る。それを収益の柱にするという世界でも珍しいビジネスモデルを掲げ、01年5月に営業を始めた。

●信用獲得 年5億人利用

 以来、同じグループのセブン―イレブンの店内にほぼ集中してATMを置き、36都道府県で約1万2600台。提携カードはメガバンク、地方銀行から、信用金庫、クレジットカード会社まで550を超える。いまや、セブン―イレブンがない地域の銀行からも「使わせてほしい」とラブコールが舞い込むほどだ。(中略)

「コンビニのATMだけで終わってはつまらない。もっと消費者に必要とされるところへ広げたい」と安斎社長。次も、他の銀行やカード会社がまねできない「第二の創業モデル」をねらう。

 「私の収入では、いくらまで借りられますか」

 9月の日曜日。スーパーの一角で、親子連れや夫婦が銀行員と話し込む。セブン銀行が、東京都江戸川区のイトーヨーカドー葛西店で開いた、住宅ローンの合同相談会だ。三井住友銀行や中央労働金庫など4社に集まってもらい、相談にきた人が各社の商品を比べて選べる場にした。

 訪れた相談者の中には、2~3社で同じ質問を繰り返し、1時間以上も話し込む姿も。 (後略)

要するに、セブン&アイホールディングスがもつセブン銀行がコンビニに設置したATMからの手数料収入という柱だけではなく、イトーヨーカドーなどの店舗での住宅ローンなどの金融相談にも乗り出したという記事です。この記事自体は、流通系の銀行が素晴らしい成果を上げつつあり、既存の銀行の持つ顧客を奪い取ろうと努力しているという感じなのですが、ちょっと引っかかる部分があります。

ただ、住宅ローンなどの相談窓口も、買い物目的のスーパーで本当に必要とされるのか、評価はわかれる。お金のニーズはさまざまにあるはず。小売業が始めた銀行ではあるけれど、その枠にとらわれすぎないで、幅広く挑戦を続けてほしい。

という最後の部分です。これは金融関係の相談窓口が銀行以外には実に少ないという事実を無視していると思う。近年保険分野ではこういった気軽に立ち寄れる相談窓口がある方が契約に有利に働くことが認識され、アフラックでは代理店が来店型の店舗を全国各地に出店しています。また、中立的な視点から保険の相談がしたいという要望からか、保険の見直し相談を専門に受け付ける会社も出てきています。最近有名になったのは、あのボクシングの亀田大毅と対戦した内藤さんがトランクスにつけていた「保険見直し本舗」が試合後、一躍有名になりました。

また、地方では総合スーパーが巨大モールを構成していることも多く、東京で考えられるような、小さなスーパーに相談窓口を作るのとはわけが違います。この記事の結び方を見たとき、おそらく地方の家族などがいかに週末、ジャスコ(イオン)やイトーヨーカドー、西ではyoumeタウンといったショッピングモール型スーパーに通っているかを知らない人なんだろうと感じました。きっとこれから金融機関は、セブン銀行がお膳立てするスーパー内の住宅ローン相談会などに争って出席するようになるでしょうね。

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2007年11月 4日 (日)

イルカさん・・・

クジラだけじゃなくイルカも日本人は食べる風習があったとは聞いていましたが、結構な数のイルカが日本では食べられているみたいですね。

反捕鯨団体と漁業協同組合のイルカ漁をめぐる大激突ムービー

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20071102_dolphin_fishery/

クジラと一緒で欧米ではイルカを食べるのも野蛮ということで、環境保護の観点から非難されるようです。いつだったか日本の捕鯨船に体当たりして航行不能寸前にまで追い込んだシーシェパードという団体が撮影した動画が公開されています。私はもちろん日本の捕鯨について海外から反論される筋合いはないと思っていますが、この記事の中から面白いリンクがあったのでそこを読んでいろいろと考えてしまいました。

イルカ追い込み漁について詳しく知りたいと思います。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1219094

で展開されている質問とそれに対する回答は、イルカ漁と聞いて実際には多くの日本人が示す反応と同じなのではないかと思い、なぜ私たちは身近に思える動物を食べるのを嫌がるのだろうと考えてしまいました。お隣の韓国や中国では犬を食べる文化があるのを皆さんご存知でしょうか?現代の日本でもおそらく犬や猫を食べる食文化に対して「理解できない」「かわいそう」「残酷」といった感想を持つ人が多くいるのではないでしょうか?

人間は身近な動物をついつい人間と同じように感情移入して見てしまいがちです。日本に限らず食肉処理に携わる人は古今東西あまり階級が上とは言えない人たちがつく職業でした。(日本ならいわゆる「えた」ということになるでしょうか)このことを考えると、人間は生物を殺すことにもともと多少なりとも後ろめたさを抱えているけれども、それがより顕著に現れる身近な生き物や、牛や豚と違って屠殺現場を隠蔽できない海獣捕獲の際の行為に対して、ほかの生物を殺して生きていることの罪深さをすべて負わせようとしてしまっているのかもしれません。

クジラやイルカを食べるのは全く抵抗はありませんが、犬に対しては少しばかり抵抗を感じてしまう私自身の中にも、欧米人が血道をあげてクジラやイルカ漁を妨害するのと同じような気持ちがあると思うのです。まあ、だからと言って欧米人が「頭がいい」とか「クジラは数が少なくなっている」とか「殺し方が残酷」といったことを言って騒ぐのは非常に不愉快に思いますが。

あと、「頭がいい」からイルカやクジラを食べるなというのはいつも全く意味がわからないと思います。そうだとするとニワトリや豚、牛は「頭が悪い」から食べるんでしょうか?人間と友達じゃなくて、人間から見て食用の生物だからいくらでも暗い家畜小屋に押し込めて殺すために成長を促進させるためのあらゆる手段を使って育て、機械的に処理して食べても問題ないのでしょうか?そんなわけないはずです。これは完全に「優生学」です。ひょっとしたら現在では優生学は私の考えるような怖い学問ではなくなっているのかもしれませんが、ナチスが採用したように「ユダヤ人は劣等民族だから、全員抹殺せねばならない」などという狂気としか考えられない結論を導き出すことになってしまいます。

私たちは生物を殺して肉を食べているということについてもう少し詳しく知る必要があると思います。品川には食肉処理場があり、ここのホームページには今でも食肉処理業に対する偏見が根強いことを示すコンテンツ「偏見・差別について」があります。私は年に一度開かれるこちらのお祭り(今年度はすでに終わってしまいました)に行ったときに食肉処理に関する資料館で実際に送られてきたという罵詈雑言を書き連ねた手紙を見ました。内容は説明するのも難しいほど非難しか書かれていませんでしたが、とても悲しい気持ちにさせられました。

食文化の違いは、最初のイルカ漁のように理解できない人間同士の文化的な摩擦を起こしてしまいますが、ほとんどの人間は動物を殺してその肉を食べることで生きていることに変わりはありません。そのことの根源的な部分を理解して、乱獲ではなく必要があるから、また文化的に食べられてきたから食べているということに対して、もっと寛容な社会になってくれることを望んでいます。

蛇足ですが

イルカのおいしい食べ方と、日本のイルカ食について詳しい方が先にトラックバックされていたのでご紹介しておきます

イルカ食いてえなあ

http://d.hatena.ne.jp/azuki-glg/20071102/1194001788

イルカは美味しい食べ物です

http://www.ekoda.jp/azuki/whale-eater.htm

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