捕鯨と文化(イルカさん・・・のつづき)
以前に、一度捕鯨に関する記事を書きましたがギガジンの記事を読んでいてやっぱり海外の環境保護団体は、捕鯨反対が自国内で反対されることのない都合の良い活動なので、自分に所属する団体の宣伝に力を入れているんだなということがわかってしまいました。
環境保護団体のグリーンピース、同じ環境保護団体のシーシェパードへの協力を拒否
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080121_sea_shepherd_greenpeace/
この記事によると、グリーンピースは自らの団体が追跡していた日本の捕鯨船の位置を教えるように連絡してきたシーシェパードの船に教えなかったそうです。この二つの団体がもともと同じ団体であったことを考ると単純にお互いに仲が悪いということも言えそうですが、それ以上に捕鯨船を補足して撮影するだけにしても、体当たりを食らわせるなり、酸を投げつけるにしても、とにかく自分たちの団体だけの手柄が欲しいとしか思えない行動です。たまにネット上で見かける「しょせん捕鯨反対は、環境保護団体の資金獲得競争」という説明が頭に浮かんでしまいます。
しかし、そんなことを考えながら今回も少し捕鯨のことについて調べてみたら、面白い記事を発見しました。どこかの雑誌で読んでちょっと思い出せないのですが(クーリエジャポンだったかな?)、探したら2ちゃんでそのことについて書いた部分を見つけたのでリンクを読んいただければと思います。
【論説】“捕鯨強行”の日本は「伝統・文化」を主張するが、一方でアイヌ民族のサケ漁制限の矛盾…米・LAタイムズが批判
というか2ちゃんではすでに読めなくなっているのでそれを転載していたブログです。中身は読んでわかるとおり、捕鯨を認めているのに、なぜアイヌの人のサケ漁を認めないのかという話しです。そのことについて皆さんいろいろコメントしていますが、私がこの記事で一番注目しているのは以下の水産庁の方のコメントです
水産庁漁業交渉官の森下丈二氏は言う。「私は、政府が常に首尾一貫していると言うつもりはありません。あなただって、あらゆる問題で完璧なんてことは有り得ないでしょう。不本意ながら、アイヌのケースはその例だというわけです」。
鯨肉の国内需要は明らかに小さいにも拘わらず日本政府は毎年、捕鯨枠を拡大して認可している。森下氏は、商業捕鯨を復活させようとする動機づけが日本人の味覚を満たすこととは殆ど関係ないと認識している。商業捕鯨の禁止が解かれたとしても、「鯨肉の捕獲量と消費量は、今日私たちが食べている量とそれほど変わらないでしょう」と彼は言う。
私は日本国内での鯨肉の需要がきわめて小さいのは、単純に漁獲枠が少ないために高騰しているのだと考えていました。私の親などは肉が高いからクジラの竜田揚げがよく給食で出たなどと言っていたのだが、この点はもう変えようがないということなのだろうか?個人的には、通常の肉と同じくらいの値段になれば、鯨肉も定期的に食べたいと思っているのだがどうなのだろう?
まさか天下のLAタイムズがインタビュー内容を捏造するとも思えないが、個人的には水産庁が日本人はこれ以上鯨を食べない前提で捕鯨をしているとしたらもう一度よく考えなおしてほしいと思う。ほんとかどうかよくわからない、鯨が沢山魚を食べてしまうことで水産資源が枯渇することを心配して捕鯨しているなどという論理は、極めて脆弱なものです。もしそれを否定する材料が出てきたときに、日本は捕鯨を続ける理由が失われてしまいます。
どこかの新聞の夕刊に書いてあったのですが、水産庁と外務省の方々はもっと海外に対して、なぜ日本人が鯨を取っているのか、きちんと説明することが必要です。それは日本人は鯨を昔から食べてきた文化であるということ、また取ることが資源管理にもつながる可能性があるということをよく伝えなくてはならないでしょう。その記事ではクジラの文化について一生懸命外国政府の人間に伝えたら、日本には鯨を食べる文化的背景があるということを全く理解していなかったと書いてありました。
現代でもよくいわれることですが、日本は自分以外の国に対してまともに自分たちの暮らす国のことを紹介することができていません。勝手にあこがれてくれるうちは良いですが、説明不足ゆえに「捕鯨は野蛮」「日本人は捕鯨の話になると極めて保守的」といった目で見られてしまっている点もあるのでしょう。それがLAタイムズの記事が突っ込んだ部分と言えるのではないでしょうか。
まあ、そんなに簡単に分かってもらえるように説明できるのかと聞かれれば自信はないのですが・・・
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